TRM vs Sansiri academy

 
TRM vs Sansiri academy今日はBPYCリーグのゲームが順延になったため、急遽Sansiri academyとのトレーニングマッチになりました。
 
今年の5/5にTRMやった相手と同じアカデミーに所属する選手たちとのゲームになりました。結果はU8,9,10と勝利、U12は敗戦でした。
 
 
選手には様々な役割を担ってプレーしてもらいました。
 
それに加えて、みんなに必要なこと、ずっと取り組んできたことを思い出してプレーすることに取り組みました。
 
【習慣化すること】
 
私は全てのカテゴリで狙いがあるトレーニングでも必ず共通してコーチングするプレーがあります。
 
それをどれくらい浸透しているのか、選手が必要だと感じているかを感じたかったからです。
 
現れた現象としてはプレー中に耳にコーチングが入ってくる選手はよくなっていました。自分でも意識でき、なおかつ聞いて改善しようとするからです。
ですが、プレー中に周りの音が聞こえなくなるほどボールを見ることに集中する、相手の動きについていくことで認知のキャパシティが飽和してしまう選手がいます。そういった選手にはやり方を変えなければいけません。
チームの問題に私が関わっていないことはありません。私がこのチームの責任者であるからです。
選手を強制することなく、習得できるようにしなければいけません。モチベーションやサッカーに対する姿勢も私を通じて学ぶ選手が大半だと思います。
サッカーをプレーする選手として良い振る舞いを習慣化することを個人単位に行き届かせる責任が私にはあります。
 
【選手とのコミュニケーション】
 
私は選手と話するとき、「最近どう?」と聞き会話を始めるようにしています。それはU7から今まで指導してきたU18の選手まで全ての選手にそうしています。
理由は「君のことを知りたい」という姿勢を示せるからです。どう?って何が?と聞き返してくる選手もいますし、直近の出来事やサッカーの話をすぐに話してくる選手もいます。
正直内容はあんまり聞いてません。笑
ですが、ほんで?それで?と聞き返して何度も会話のキャッチボールするようにしています。最後は私が感じている最近の選手の様子について、思い出される限り具体的に話をして終わります。
あの時のあの状況のあの選手にああやったプレーあれは良かった、相手がどうだった時のあのプレーはこんな狙いがあったの?いいプレーだったな。という感じです。
 
私は今、預かっている選手を良くすることしか、眼中にありません。
 
たくさんやられてしまったり、周りからの視線や雰囲気を感じて、劣等感や本当に悔しいと感じる時もありますが、何があろうと良くなっているという実感を持つために、INFINITOの選手と共に勇気を持って戦っていきたいと思います。
 
私の好きなチームにスペインのレアル・ベティスというチームがあります。そこのサポーター(ベティコと呼ばれる)が掲げている標語があります。「ベティス万歳!たとえ敗れようとも!」です。
苦しい状況こそ、人の力が必要です。
そんな境遇を戦うことで、人間臭い、勝敗を越えた熱狂を生み出したいものです。
もちろん、勝利を目指しながら。
 
今日は朝早い中、応援ありがとうございました。

選手の競技力向上を考える


BPYC第2節が行われました。2学期は全ての選手の公式戦にて選手の出場時間を必ず連続的に半分以上確保することにチャレンジしています。
今までは長く出場する選手は100分、出場はするが短い選手は10分、5分刻みなど結局プレーの時間がほぼなく何もできない状態だったと思い、選手の変化をいつ観るのかと考えて、導入しています。指導者も試される試みです。様々なレベルの選手が出場した状態で、チームを機能させなければいけません。ある特定の選手の競技力向上のためにゲームがあるわけではありません。全員の向上に取り組みます。

今回は選手の競技力ついて自分の考えの整理も踏まえて、発信していこうと思っています。

どうやったらサッカーが上手くなるのでしょうか?
選手、保護者の皆様の色々な質問が全てここの問いに集約されているのではないでしょうか。
「サッカーが上手くなる」というこの文章、皆様の解釈は同じなのでしょうか?明確な基準や線引きがあるのでしょうか?
ここが一番大切だと思っています。
わかりやすいのは技術です。リフティングが何回できるようになった、技が出来るようになった。イコール、サッカーが上手くなったと言えるかを考える必要があります。
例えば料理です。カレーを作ります。野菜を切ります。人参を完璧な正方形に切るために、包丁捌きをめちゃくちゃ練習して、ついに完璧な正方形に切ることができるようになりました。
その人参の入ったカレーは美味しいのでしょうか?
答えはわかりません。美味しいのかもしれないし美味しくないのかもしれません。
技術のみではサッカーが上手くなったのかわからないのです。
技が上手くなった、リフティングが上手くなっただけであると考えます。しかし、ある程度は必要です。
よって一つの要素で上手くなったと捉えることは不可能であると思います。
私の中で一番大切にしていることは、選手が優劣を乗り越えて、チームの総合力を高めようとすることです。
戦術となるかもしれません。
「ベストメンバー」「スタメン」「レギュラー」とここを目指しプレーすること自体は悪くはないと思いますが、ベストメンバーから外れた選手、スタートではない選手、レギュラーではなく控えの選手はどんな気持ちでプレーしたら良いのでしょうか?
上記の選手が試合に出たら、事あるごとにベストメンバーではないから、スタメンではないから、レギュラーではないからと負のレッテルを貼られることになります。
私からすれば、競技力の高い選手がそれくらい補おう。または、指導者が他のメンバーや配置、チームのメンタリティでその子の競技力の低さを打ち消し、良さを出すような工夫をすれば良いのにと思ってしまいます。


競争を導入する際は相当、慎重にしないと特定の選手が起きてしまったミスを他の選手のせいにしたり、状況関係なしにやりたい事をやるような選手が出てきてしまいます。
競技力の差は必ず存在します。サッカー歴の違い、身体能力の差、生まれた月の遅い早い、障害の有無など様々な要因により、差が生まれます。
競技力の差がある選手を出したとしても、機能させることができるチームが素晴らしいチームであると考えます。
その状態へ持っていくために戦術的な要素が必要になります。相手を自分に引きつけて味方へパスを出す、目の前に相手がいなければ進む、味方が前を向いている時に、一人を越えた位置に立つなど、ボールを前に進めるための戦術的なプレーを習得しなければいけません。
この戦術的なプレーを行う際に関しては、技術も身体能力もある程度でいいのです。サッカーをやっている健康な子どもであればできると思っています。

本題に戻り、選手の競技力向上は技術が高い=サッカーが上手いという常識を超えて、技術以外に何があるのかを知ること、その中で良さを見出し、向上に取り組むことではないかと考えます。
常識を疑い、自ら変化の起こそうとする勇気を持った選手へ導いていきたいです。

サッカーの競争について

BPYC第1節 vs FCB1


2学期のリーグ戦が開幕いたしました。1学期のTJLとは違い、競技力の高いチームが参戦するリーグとなります。
私が2学期から取り組もうとしている事を発信したいと思います。


2学期は「競争」について考えております。


競争とは要するにポジション争いです。そのポジションでいかに結果を出すことができるか、チームで与えられた事をどれだけ正確に実行することができるかがこの競争を勝ち抜くための要因です。


私はここに疑問を持ちました。サッカーでの勝敗は得点差によって決められます。では結果を出すとなったら、ゴールを決めることとゴールを決められるのを防ぐことの2つが結果を出す行動と言えます。


それならば結果を出すことができるのはFWとGKしかいないのでは?と思ったのです。また、サッカーの競争に敗れた選手を救うことがサッカークラブにできるのか?とも考えました。


DFは相手ゴールから遠くゴールを決めることはFWより難易度が高くなります。ゴールを防ぐこともGKよりかは決定的なものを防ぐ回数は少なくなります。


MFは自陣のゴールも相手のゴールも同じ距離くらいにポジションとなり、中途半端であると言えます。GKはルールで1人しか置けませんし、FWばかりではボールを前に運ぶ選手がいなくなり、DFも手薄になってしまいます。


結果を出したい、試合に出たいという気持ちはポジションをぐちゃぐちゃにしてしまう可能性があるということです。


それでよい時ももちろんあります。しかし、周りを見ながら置かれた状況で自分にできる事を考え、実行する。チームで決められたこと+チームが勝つために自分を出すことが出来る、自分のためにプレーが出来る選手が良い選手なのではと思います。


よい選手の定義は各クラブによって変わってきます。我々のクラブでは「頭」を使おうとする選手を大切にしていきたいです。



競争を強いてしまうと、選手の個性が薄まってしまいます。序列ができ、序列の高い選手の真似をしようとします。12歳以下の選手が自分にしか出来ない事を気づくことはかなり難しいことです。


このブログを読んでくださっている皆さんもそうだと思います。自分の良さ、組織でこの能力が重宝されていると自分で気付けている方は素晴らしいと思います。


個性は他人から認められてから自覚が始まると思っています。


ところが早くから競争が始まってしまうと、個性を自覚する前に、誰かの代わりとして誰でもよい役割を請け負う選手が増えてしまいます。序列の高い数人の選手だけが、個性を発揮する組織になり、その他の選手は序列の高い選手のためにプレーすることか当たり前になってしまいます。


私はサッカーを最初からそのように捉えて欲しくありません。


まずは自分のプレーが楽しくて、向上したいと思うことがとても大切だと考えます。


結果までの過程の中で、自分が貢献している、必要とされている。だから、もっとその過程を良くしたい、結果に繋げたいと思える環境を作りたいと思います。

本日は応援に来ていただき、ありがとうございました。
インフルエンザが流行し始めているみたいです。手洗い、うがいなどの予防をお願いいたします。


また、9/15にゲームがやってきます。その次また9/22にやってきます。一つ一つ、プレーしていきます。

選手が向上する環境について


これから新学期への準備となり、日本から帰ってくる、やってくる選手も増えてくるのではないでしょうか。休暇から帰ってくる選手、新しく来てくれる選手に会えることを楽しみにしています。
さて、この夏休み、選手が育つ環境や状態について考えたことがあるので発信してみたいと思います。


物事において上達するポイント、強くなる時は、難易度や強度がギリギリできるかできないかであると昔から言われています。運動においても同じであると言われています。筋力トレーニングやランニングがわかりやすい例えです。持てるか持てないかの「重り」を持ち上げる、走れるか走れないかの「距離」や「時間」を積み重ねて、目標の距離を完走できるようになる。と言った具合です。
要するに「全て出し尽くすことを積み重ねていき、目標の負荷に耐えられるようにする」ということです。
私はフットボールにおいても全く同じであると考えています。では筋トレの重り、ランニングの「距離」「時間」。サッカーにおける難易度や負荷とは何なのでしょうか?難易度に関しては私も答えが出せておりません。チェスや将棋のような戦術的問題解決力や技術的なプレーの難易度であることもあるのでこうであると定義が難しいです。負荷に関してはインテンシティ(Intensity)と呼ばれているものが指標となります。(英語で強度、激しさの意)
私の中でのインテンシティとは「短時間の中でプレーをする回数の多さと速さ、激しさ」と定義しています。インテンシティの高い選手とは短時間で早く速くたくさんプレーできる選手ということです。
毎回、このインテンシティをギリギリ耐えれるか耐えられないかに設定してトレーニングすれば選手はINFINITOでの最大の上達が手に入るのではないかというのが大まかな私の選手向上の仮説になります。


今日はいつもよりは全力を出している選手が多かったな大半だったなと思う日があります。それは拮抗したゲームの時です。
そんな状況で選手は本当に試されます。ギリギリの状態です。心拍数、心理的ストレス、相手の振る舞い沢山の要因が一瞬で選手に襲いかかります。それでも選手は勇気を持って前向きにプレーする。インテンシティが高ければその状況がいろんな選手に沢山訪れる。低ければそんな状況が訪れない、ないしは特定の選手のみに訪れるくらいです。
このように形式だけでなく雰囲気まで実践に近い状態でトレーニングを積み重ねることができれば最高だと思います。INFINITOではいつもそんな雰囲気でトレーニングすることが私の目標であり、競技力を向上させるサイクルを作り出す上では必須のミッションであると考えています。根性論や精神論は理不尽な環境を作り、這い上がってくるインテンシティの高い選手を偶発的に育てるために行われてきたのかなと最近感じています。
我々は意図的にインテンシティの高い選手の育成を目指すことにチャレンジしていきたいです。


week2,3と最終日の午後のゲーム。拮抗し、火花の散るようなインテンシティの高いゲームをすることができました。選手たちはやってきたトレーニング、プレーのコツをフル稼働させて状況を解決すべく、なるべく早くたくさんプレーしていました。守備の局面ではそうはさせないと激しく、時には身を投げ出して相手のプレーする時間を奪っていました。私もそうです。その中でゴールが決まると喜びもひとしおです。
その時、「この環境さえあれば」と確信いたしました。
取り留めもなくなってしまいましたが、いつだって全力を出し尽くしてプレーができる選手にしていきたいと心から思っております。
ブログをご覧になってくださっている方々の力が必要です。
Week4とその先もよろしくお願いいたします。

選手のモチベーションについて

モチベーション


夏休みも残すところあとわずか。今週が最後のクリニックです。
夏休みは時間に少し余裕があり、「モチベーション」って何だろうと考えました。
モチベーションとは何か行動を起こす際の動機付けのことです。動機付けには2種類あると言われています。1つは外発的動機付けです。「お金を貰うのが働くモチベーション」「ゲームをするために宿題をする」などです。もう1つは内発的動機付けです。子どもがLEGOを夢中で遊んでる状態、ご褒美や報酬をもらうためでも罰を回避するためでもなくその行動を行うことに意義があると判断している状態です。
私は生涯にわたってスポーツに親しむには絶対に内発的動機付けが必要だと考えています。
絶対に必要です。

内発的動機付け


内発的動機付けの構成要素は3つと言われています。1.有能感、2.自己肯定感、3.対人交流の3つが複雑に絡み合っています。
私は特に自己肯定感を大切にしなければいけないなと感じています。
接してきた人種は少ないですが感覚的に日本人は根拠のない自信がありません。出る杭が打たれる文化なのかもしれませんし、倫理的に算段を立てないと行動してはいけないという合理主義なのかもしれません。答えはまだ出ていないです。
しかし、サッカーでは自分たちのやり方や振る舞いに自信を持たないといけません。その自信はたくさん勝っていることによる有能感なのか、プレーしたい、プレーできるという自己肯定感なのか、試合後の対戦相手や仲間との交流による充実感を味わいたい感情なのかそれともその組み合わせなのかもしれません。
この内発的動機付けを促す3要素は私が考えるに選手同士の関わりの中で生まれることはほぼ無いと考えています。

大人


大人が育むことで芽生えるものであると考えています。
しかし、大人も自信がない場合があります。そうすると誰が内発的動機付けをするのでしょうか?と思ったのです。
絶対に必要な内発的動機付け、サッカーに夢中になる感情を誰が選手たちに教えることができるのでしょうかと考えた時にやっぱり私と保護者の方でないと不可能だなと考えました。
しかし、答えは申し訳ありませんが出ていません。これをすればいいんじゃないかという感覚はありますが、感覚的なものです。日々の活動の中で取り入れていきます、発信もしていきたいと思います。
併せて、ご家庭で取り組んでいただくのもものすごくいいことなんじゃないかなと思います。

家族でチャレンジ


我が子を自信のある振る舞いを自らの意思で行う状態まで内発的なモチベーションを高めることに家族でチャレンジすることは大義です。
外発的動機付けを使わずにモチベーションを高められるということは人間を成長させることができるという自信に繋がると思います。
私があーだこーだ言える立場ではありませんが、私はチャレンジしてみようと思い、ブログに掲載させていただきました。
「好きなものに理由なんてない」とサッカーに対して自分から言えるそんな選手が所属するクラブは人間臭くて魅力的です。
INFINITOの哲学への回帰なのではないでしょうか。少なくとも私はそう感じています。

夏のクリニック8月31日(土)まで、今から申し込みも可能ですので、奮ってご参加下さい!